第二十六話:失われた歯茎と「意思決定のプロセス」

再生療法から2週間が経過し、前回痛みの原因のひとつが解決されたものの、わたしはまだロキソニンを手放せずにいた。

傷口はもう治っているはずで、この日は糸取りをする日だった。

動揺の痛み

再生療法の際、「ほとんど動揺はない」と言われたものの、わたしはやっぱり、動揺しているような痛みを感じていた。

動揺に伴って、噛み合わせがずれて、歯と歯が接触するだけですごく痛い。
もちろんオペした側で食べ物を食べることはないけれど、それでも少し歯が接触してしまうし、つばを飲むときどか、カチっと当たってしまうと、すっごく痛い。

そして想像していた以上の歯茎の退縮…
鏡で口の中をみるたびに、「これって普通のことなんだろうか…?」と思ってしまうほど、歯茎が退縮していた。

少なくとも2mm以上…、7番は「歯の根の分岐部」が露出するほど、歯茎が失われていた。

私は、「不安」の全てを、先生にぶつけた。

私:「先生、まだ痛いです。歯が接触するたびに痛むのと、歯茎が元に戻るのが心配です。」

私の口の中を見た先生の様子から、先生の中でも「予想を超えている」んだろうな、というのが、すぐに分かった。

先生:「噛み合わせが高い状態になっていますか?噛んでみてください。」

わたしは、オペした箇所の歯と歯が接触するととても痛いので、イーっと口を閉じれなかった。

先生:「噛み合わせが合っていません。これはすぐに調整しないとダメです。

私:「歯が動揺してて動いているから噛み合わせが合わないんでしょうか?」

先生:「歯はほとんど動揺していないんですけど…、動きもこうして確かめてもほとんどないんですが、歯と歯が接触して痛いのであれば、日々ほんの動いている可能性があります。」

私:「噛み合わせはどのように調整するんですか?」

先生:「当たっている箇所をほんの少し削ります。削るといっても、ほんの少しです。」

私:「でも、日々動いているなら、今調整しても、また明日には別の箇所が接触してしまうのでは…?」

先生:「このほんの少しの動揺は収まるはずなので、また3日後に様子を見させてください。その後1週間後…という感じで、少しづつ様子を見て調整します。」

私:「そうすると、ずっと調整が終わらなくて歯が削られ続けるんじゃないですか?」

先生:「それはないです。何回か調整すれば動揺も収まって、噛み合わせも合ってくるはずです。削るといってもほんの少しなので、仮に10回調整したとしても問題ない程度です。
この早期接触というのですが、一番最初に部分的に噛み合う部分に一番負荷がかかるので、これを解決しないとならないんです。

失われた歯茎

私:「歯茎は元に戻るんでしょうか?」

先生:「傷は治ってきてるので、今日糸取りをします。このあとどのくらい回復するのかは…、僕が想定して縫合したよりも大分歯茎が下がっている状態なので、元には戻らないかもしれません。

私:「こんなに歯の根がむきだしの状態だと、当然ながら、しみますよね。今も、オペした側では噛んでいませんが、それでも、ほんの少しモノがあたったり、水を飲んだりするだけで痛いです。他のすべての歯も既に歯茎が下がっているので、これまでにもすべての箇所で知覚過敏はあるんですが、それとはレベルが違うくらいに痛いんです。

先生:「歯には防御作用があるので、だんだんとしみなくなってくるか…、それでも収まらなければ、被せものにするか…。その場合、神経を取ることになるかもしれません。でもここまで残す道を選んだので、できるだけそうならないように、噛み合わせの調整だけでなんとかしたいです。」

リスクがないと思っていた再生療法。
「骨を増やす」(増えるかは分からない。結果が分かるのは数年後)だけだと思っていたところ、歯を被せものにしなければならないなんて、思わぬ「リスク」だった。

歯茎の退縮は覚悟をしていたけれど、それが「想像以上」だった。

先生:「この位置まで歯茎をのばして縫合したんです。それよりも下の位置で傷口が治癒してしまうかもしれません。ともかくこの歯はちゃんと責任をもって見ますので…。

『責任をもって見ます』という台詞は、これまでの治療の会話の中で聞いたことのある台詞だった。
そしてそれは、『思いがけず悪い方向へ』進んでいるときにに聞く台詞だった。

私は、先生にとっても、『想像を超えるよからぬ状態』なのだと、分かった。

ともかく、この痛みから私は解放されたかった。

糸取り

青い縫合糸をパチンと切って、スルーっと抜いていく。
このスルーっとした感触が、気持ちよかった。
あぁ、「いま糸が抜けて行く感じ…」と思いながら、私はこれからのことを考えていた。
失われた歯茎のことと、このほかの箇所の再生療法をどうするか…。

糸は青色。
これまでチクチクと糸の先があたる感じが、これでなくなった。

噛み合わせの調整

何度も咬合紙を噛んだり、イーッとしならが、ほんの少しの調整が繰り返された。

私は、私の口の中の歯の確実に一番大きく当たる箇所を、「感覚的」にしか分からない。
あ、当たってる、というのは分かっても、それが何番の歯なのか、分からない。

私は、小人になって、口の中から自分の歯と歯の接触具合を見たかった。

集中して神経を研ぎすませても、感覚的にしか分からないのが悔しい。

何度か調整していくと、ふと、「あ!」と思うくらい、違和感がなくなる瞬間があった。

先生:「削ったのは、ほーーんの少しです。これくらいなら、さっき被せものにしなければと言いましたが、このあと3日後に調整して、大きく変わらなければ、被せものにする必要はないかもしれません。」

私は、これ以上歯を削るのが嫌だった。

今後の再生療法

私:「歯茎が完全に治癒するのはいつですか?」

先生:「オペから一ヶ月くらいです。」

私:「じゃぁ、今後のことはあと2週間経ってから考えた方がいいということですよね。正直、想像以上の術後の痛みと歯茎の退縮で、ほかの箇所を進めるのに前向きな気持ちになれないんです。

先生:「他の箇所も、同じような状態になる可能性があります。そうなると、全部仮歯にして(かぶせものにする前提で)以前にお話したフルマウスでの治療か、もしくは再生療法をやらないか…。

私:「いずれにせよ、2週間待ってから決めます。」

私は、とりあえず、歯と歯の接触による激痛が治ったので、落ち着いてこれからのことを考えようと思っていた。

再生療法に前向きだった気持ちは、私には失せていた。

リスクを取ること

私は、再度、フルマウスでの治療計画を思い出した。
こればかりは、やめようと決意したものの、「かぶせものになるかもしれない」と言われたとき、「いろいろやってみた結果かぶせものになる」くらいなら、最初から、「計画的な方法」を選択した方がよかったのではないか?と自問自答した。

しかし、これも、やってみなけば分からない。

私は、治療を開始してから、常に「リスクの少ない方」を選んでいた。
いろいろ悩んだものの、選びきれなくて、リスクの少ない方法を選ぶしかなかった。
それが「ベストな選択」であったと信じていたけれど、そうではない「ベストな提案」を受け入れることの方が本当は正しかったのではないか。

全てのリスクを事前に説明してもらうことは出来ない。
あらゆる可能性があるのだから。
これまでにも充分に説明の時間を取ってもらったし、その「治療の進め方」に不満があるわけではなかった。

でも、想像していなかった悪い結果となったいま、私は「私の意思決定のプロセス」が間違っているのではないかと、疑問を持った。
リスクを取らないから、いい結果が得られないのかもしれない。

「ベストな提案」として提示されているもの(フルマウスセラミック)を蹴って、リスクの少ない方を選んだ自分が悪いのではないか、と。

自分で選んだ道だからこそ、自分でしか責任を取ることしかできない。

素人の私には全てのリスクを把握できないからこそ、私がこうして一生懸命考えて悩んでいることが、無駄とまではいかなくても、結果に繋がっていない理由なのではないか、と。

結局、治療に関しては、完全に「ひとまかせ」で(自分で自分の歯を治療できない)、予後の予測も私には想像ができない。

だったら、最初から何にも考えずに、「言われたとおりのこと」の提案を受け入れればよかったのではないか。
何も悩まず、もしも何かあっても、「だって、先生がそうしろと言ったから」で済ませられる。

でも、やっぱり私が、フルマウスでの治療を選べなかったのは、そんな風に「誰かに責任を押し付けてしまう気持ちになる」のがすごく嫌だったからだ。

失うものが大きければ大きいほど、誰かの責任にしたくなる。
何かを決断するとき、少しでも自分の気持ちの負担を軽くしたい。
そう思うのは自然だった。

でも、お金を失うことよりも、歯を失うことよりも、誰かに責任を押し付ける気持ちになることが、私は一番嫌だった。

…ともかく、4日後の予約を取った。
そして、再度今後のことを考えよう。
私は、本当に本当に長い道のりを歩き始めてしまったと、実感していた。

【セラミック矯正のその日の治療費】

診察料 1620円
合計 1620円

【セラミック矯正のその日のやったこと】

・糸取り
・噛み合わせの調整

【セラミック矯正の次回の治療でやること】

・噛み合わせの調整

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コメント

  1. より:

    歯の治療って、治療なのにダメージ大きいですよね(T_T)
    私も、歯根分岐部は大変でした。
    私は術後にちゃんと磨けてなくて、分岐部の溝にプラークが滞留してしまって。炎症を起こして、腫れて痛くて、かなり沁みました。抗生剤を塗布して、炎症は治まったけど、沁みが残って。最初は歯茎の奥の歯根の先っぽまで沁みたので、歯と歯茎が早く、くっ付くように、食後に毎回赤染めして、綿棒で(ブラシは力加減が難しくて(^_^;))プラーク除去してました。平行して、毎週歯医者さんで沁み止めを何種類か塗ってもらって、結局2ヶ月かかりました。
    他にも色々、予期せぬトラブルはありますが、今は歯周ポケットが
    1〜2mmなので、これで良いのかな、と思います。
    歯周病がキチンとコントロール出来てて、歯槽骨さえしっかりしてれば、
    まだまだ希望が持てますからね♪
    私は今後、この歯槽骨がある程度維持できれば、インプラントも
    できるんじゃないか?と妄想しています(//∇//)

    1. ルンルン より:

      魚さん
      やっぱり、歯根分岐部は大変なんですね…(T_T)
      昨日から、そーっとなら歯自体は歯磨きしてもいいと言われたのですが、歯間と歯根分岐部を思うと、本当に恐る恐る磨いてます…
      綿棒、いいですね!確かに歯ブラシだと力加減が難しいし、以前の歯の形と大分変わっているので、どう歯磨きしたらいいのかとまどっています。
      でも、もうすこしで傷口が治るようなので、来週くらいには歯間ブラシが使えそうです!
      歯周ポケット、1~2mmって素晴らしいですね!
      憧れの数値で、ありえない数値です…☆
      骨って本当に大事ですよね。このままインプラントの選択肢という未来が手にはりますように…!

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